アキノ大統領の国会演説 2015/6/3

日本を公式訪問中のアキノ大統領は3日午後、参院本会議場で演説し、西フィリピン海(南シナ海)南沙諸島における中国の実効支配拡大を「国際法の範囲を超えて、新たな地理的境界や権限を書き換えようとする試みが行われ、モノや人の自由な移動、地域の繁栄が損なわれる危険にさらされている」と批判した。その上で、地域の平和、安定のため戦略的パートナーシップを強化する比日両国が「(中国の)脅威から安定を守ろうと、最も大きな声を上げて主張するようになったのは当然の流れ」と日本との連携を強調した。

具体的な方策については、「比日両国が直面する共通の課題に取り組む上で、日本の進むべき道を決めるのは日本にほかならない」と前置きしながら、安倍政権が今国会での成立を目指す安全保障関連法案の審議に言及。「国内の関心事や問題は、グローバル化する世界というタペストリーに織り込まれた模様にすぎない。それ故、今国会の審議を最大限の関心と強い敬意を持って注目している。平和の維持のため、日本は積極的に国際社会への責任を果たそうとしている」と期待感を表明した。

さらに、南沙諸島における環礁埋め立て問題などで、国際法に基づいた解決を求める比政府の基本方針を踏まえ、「われわれは対話で緊張緩和を図り、国際的規範に基づいた平和的な方法で意見相違を解決しようと努力する。軍事力は、意見相違を解決するための決定的な力には決してなり得ない」と訴えた。

衆参両院議員を前にした演説は約15分間。旧日本軍と連合軍の戦闘で比民間人110万人が死亡した太平洋戦争にも触れたが、「われわれは先の大戦で悲惨な目に遭ったが、われわれ両国民の関係は灰じんの中から不死鳥のようによみがえった」、「(戦後の)日本は過去の傷を癒す以上のことを成し遂げ、真に利他的な意志を持って行動した。自国を復興させたばかりでなく、比の復興にも尽力してくれた」と日本側に配慮した表現にとどめた。

太平洋戦争関係では、1944年10月、旧日本海軍の戦艦大和、武蔵などとともにレイテ沖海戦に参加した戦艦伊勢と、2013年11月の台風ヨランダ被災地の支援に加わった海上自衛隊の護衛艦「いせ」を重ね合わせ、「戦艦伊勢は現代史上最大の海戦に参加するため、比海域を航行した。同じ名前の『いせ』は援助、救援、思いやり、連帯を被災者に届けてくれた」と支援への謝意を表明した。

比大統領の国会演説は、1958年のガルシア、86年のコラソン・アキノ両元大統領、2002年のアロヨ前大統領=現下院議員=に続いて4人目。

アキノ大統領の演説前、あいさつした山崎正昭参院議長は「(戦後)初の国会演説をした賓客はガルシア大統領だった。来年、(比日の)国交回復60周年を迎える節目に、アキノ大統領を同じ演壇に招くことができることは誠に光栄。今回の訪日は、両国関係をさらなる高みへと導く契機として意味深い」と、国賓としての来日の意義を強調した。(酒井善彦)

公式訪日中のアキノ大統領が3日、参院本会議場で行った演説は以下の通り(一部省略)。

日本文化の神髄

フィリピン大統領として6度目の訪日を果たし、日本の美しさに触れると、貴国の素晴らしい文化の神髄を物語る、ある出来事を思い出す。それは、ドイツの有名サーキットで行われた市販車のレースで、ドイツのポルシェ911ターボと日本の日産GT?Rが速さを競った。地元のドイツ車有利と予想されたが、結果は日本車がその優秀さを証明した。なぜ、ライバルを制することができたのか。記事の多くは「日産の一致団結」を理由に挙げた。

多くの人々が驚いたこの出来事も、日本の皆さんにとっては当然のことであったかもしれない。なぜなら、勤勉と想像力、卓越した性能のたゆまぬ追求こそ日本製品の証しだからだ。20世紀後半、世界の企業が日本方式を学ぼうとしたのも当然のことで、高い品質と効率はどのようなプロセスから生まれるのかを、誰もが知りたがった。

日本方式とは、何よりも変化を否定しない姿勢だと私は考える。その中には、適応と創意工夫の土台があり、知識に対する渇望と好ましい変化を実現したいという強い願望がある。あくなき改善とは、あらゆる面で完ぺきを追求する日本人の姿勢の表れだ。貴国はこれにより、歴史の中で直面した多くの困難を一致団結して乗り越えてきた。製造ラインやサプライチェーンに適用されてきた継続的改善という哲学は、政府の最も高いレベルでも実践されている。このプロセスは世代を超えて脈々と流れる日本精神の神髄だ。

開国による変貌

このことは、19世紀の日本の開国をみればすぐに分かる。開国により日本社会は変貌を遂げた。それまで日本は技術面で大きく遅れを取っていた。他国の先端技術を考えると、日本はゼロというよりマイナスからの出発だったと言える。日本は国を挙げて文明開化を押し進め、変革を実現した。封建主義は捨て去られ、国会の開設が可能になった。それまで鎖国をしていたこの国は、外の世界の知識を受け入れ、見識を広めるため使節団を派遣し、鉄道や電信システム、銀行が国中に作られ、初歩的な溶鉱炉は近代的な工場に変わった。

こうして数世代のうちに、先進国の仲間入りを果たした日本は、社会を変革すべきと決断した時、状況に順応し、困難を乗り越えた。その後も、戦後の新たな現実を前に再び現状の変革を目指し、国家の再建に全力を傾けた。その結果、経済大国となって多くの国を支援してきた。状況に順応し、困難を乗り越え、驚くべき高みに達した。

最近、さまざまな課題に直面する状況下、私は我が国の格言を思い起こす。それは「過去を振り返ざる者は、進むべき道を見失う」ということで、日本、世界各国がこの数十年に直面した、不幸で複雑な経済状況に対応するためには、変革と継続的な改善という日本の文化が必要だったと言える。

構造、抜本的変革

このような精神は安倍総理のリーダーシップにも具現化されており、官僚組織、社会全体の構造的、抜本的変革がなされている。私は中でも、男女共同参画の推進に感服している。この取り組みはより公平で包摂的な社会の追求に多大な貢献をするだけでなく、新たな活力を日本の労働市場に吹き込んでいる。社会の流動性と能力主義を目指す取り組みは、賢明さ、独創力、エンパワーメントを軸とする経済哲学とともに、既に実を結び始め、日本の景気は2014年第4四半期から景気後退局面を抜け出している。

現在実施されている改革は、日本製品の競争力を踏まえると、より大きなインパクトをもたらすだろう。競争は繁栄のための機会であって、懸念したり恐れたりするものではない。そして、我が国に長期的事業基盤を確立する日本企業が今後も増えることを期待する。日本と比のビジネスリーダーが、両国民とともに努力してイノベーションを実現できる時代の幕開けを、われわれは目の当たりにしている。それは、イノベーションが公平かつ開かれた市場にとって、大きな利点になるという認識に基づいてる。ここ数年の変革で比の労働力はより熟練し、独創的になっており、この協力はさらに加速させることが可能だ。

日本の命運と比

比は貴国の友人として、日本が進める経済再生の取り組みを歓迎する。日本経済の命運が比の経済と密接に結び付いていると認識するからだ。日本は、我が国が2国間の自由貿易協定を締結している唯一の相手国。14年の最大の貿易相手国は日本で、貿易総額は191億ドルだった。また、比は日本にとって、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の中で最も急成長する観光市場で、他方、日本は比にとって第3位の観光市場となっている。

現在、両国の経済関係を踏まえ、比国民の能力と日本の労働市場のニーズを一層効果的に結び付ける法案が審議されていることを歓迎する。両国の協力が互いに有益であることは疑う余地がない。例えば、日本船籍の商船の乗組員の7割は比人が占めている。比が貴国の船舶業界に人材を供給する一方で、比の乗組員は最新のテクノロジーに触れることができる。彼らが持ち帰った知識が広まることで、比の海運産業は一層強化される。

繁栄損なう危険

日比両国が、地域に平和と安定が行き渡る時に実現できる輝かしい実例を、経済交流や人的交流を通して示していることは大きな誇りだ。最近、脅威にさらされているこの地域の安定を擁護し、守ろうとして、われわれ2国が最も大きな声を上げて主張するようになったのも当然の流れと言える。東アジア、東南アジアの海洋や沿岸地域の繁栄は、モノや人の自由な移動に大きく依存している。国際法により明確に付与された範囲を超えて、新たな地理的境界や権限を書き換えようとする試みが行われており、繁栄が損なわれる危険にさらされている。

われわれが直面する共通の課題に取り組む上で、日本の進むべき道を決めるのは日本にほかならない。しかし、既に認識されているように国内の関心事や問題は、グローバル化が進む世界というタペストリーに織り込まれた模様にすぎない。それ故、比は今国会で行われている審議に最大限の関心と強い敬意を持って注目している。特に、平和の維持のために日本がより積極的な立場を取って、国際社会に対して責任を果たそうとするという点に注目している。

私は、平和を好む比国民の性格が、日本人の中にもあるのを見てきた。われわれ両国は常に対話を好み、全力を尽くして緊張緩和を図り、平和的な方法を用いて、国際的規範に基づいて意見相違を解決しようと努力する。そのような中、比日両国が対応において困難を感じてきた、ある国家に対し、私が投げ掛けた問題をここで共有させていただきたい。すなわち私は、その国にこう問い掛けたい。権力を付託された国民に尽くすために、政府が存在するのであれば、繁栄の必要条件である安定を維持することが政府の責務ではないのか。なぜ、緊張を高めることが、国民生活をより良くするという、最も大切な目標の実現に資することになるのか。

日本は、我が国が戦略的パートナーシップを築いている相手国の一つだ。日本との関係は、この地域の公益、すなわち入会地における自由を確保するための最前線にある。われわれの関係は今後、確実に強化されていく。単なる実用性に基づいているというだけでなく、共通の価値と対等な立場の相互尊重に基づいているからだ。調和とは一緒になって実現するものであり、強制により一方的に命令されるようなものではない。軍事力が意見相違を解決するための決定的な力には決してなり得ない、という考えを比は支持する。

大戦の灰じんから

2世代にわたって、日本が平和にコミットしてきたことに疑う余地はない。日本が友好国を支援し、公平で進歩的な世界秩序を作り出すことに、コミットしてきたことも同様だ。われわれは先の大戦で悲惨な目に遭った。大戦がもたらした苦しみに対し、すべての人々がつらく苦々しい思いをしている。しかし、灰じんの中から、われわれ両国民の関係は不死鳥のようによみがえった。

日本は、過去の傷を癒す以上のことを成し遂げ、真に利他的な意志を持って行動した。自国を復興させたばかりでなく、比の復興にも尽力してくれた。この利他的な行為がなければ、比は復興からもっと取り残されていただろう。我が国のガバナンス(統治)がしっかりしておらず、好ましいと言えない人たちと付き合わう必要があった時でさえ、日本は支援を続けてくれた。比の発展に対する貴国の貢献は、大規模であったというだけでなく、途切れることなく続いてきた。

多くの国の中で、日本は比にとって最大の政府開発援助(ODA)供与国で、災害が発生すれば、われわれは互いに現場へ向かい、支援の手を差し伸べ合う。この精神を示すのは、(13年11月の)台風ヨランダ後の出来事だ。日本の「いせ」という自衛艦がレイテ湾に来た。(旧海軍の)戦艦伊勢は現代史上最大の海戦に参加するため、比海域を航行したが、同じ名前の「いせ」は援助、救援、思いやり、連帯を被災者に届けてくれた。11年の東日本大震災の後、私は比国民を代表し、両国家の連帯を示すために石巻市を訪れた。レイテ湾であれ、石巻であれ、災難が共通の人間性をいかに浮き彫りにし、われわれを結び付けるかを見て取ることができる。

新たな高みへ

また、ミンダナオの和平プロセスでは、日本が長期間、重要な支援を続けたことに心から感謝したい。11年8月、突然だったにもかかわらず、(アキノ大統領とモロ・イスラム解放戦線のムラド議長の会談のため)日本はちゅうちょなく信頼と誠実さを醸成する環境を提供してくれ、私はイスラム教徒リーダーの懸念に直接耳を傾けることができた。これが大きな契機となって和平交渉は進展し、14年3月、包括和平合意に達することができた。現在、国会審議中の法案が可決されれば、公正かつ真の自治がミンダナオ地方のイスラム教徒にもたらされる。

比経済の成長を促進させ、公平かつ包摂的な社会を実現するという目標に近づくための支援、災害からの復旧、ぜい弱性の克服などへの支援、そして紛争地域における平和と安定を促進するための支援に対して、比国民に代わって「ありがとうございます」と申し上げたい。比国民は日本国民と同様、長きにわたる友情を大切にする。両国の関係は「二つの太陽の友情」にたとえられるが、両国関係をさらに深めることにより、一つになったわれわれの光が、両国国民と地域を一層明るく照らすことを確信する。

これは個人的な思い出だが、1986年、母のコラソン・アキノ元大統領に随行して、この美しい国を訪れた。その時、母は「両国は希望と期待を胸に、共に将来に向けて歩むでしょう。両国が協力し合えることはたくさんある」と言っていた。私も今ここで、この明るい展望をいま一度、強調したいと思う。両国が今後も積極的に関与することが、地域の安定、繁栄を実現する支えとなるよう望む。そして、新たな高みに達しようとしている比日関係が実を結ぶよう期待している。

まにら新聞から引用
http://www.manila-shimbun.com/category/politics/news218174.html


Speech of President Aquino

Speech of President Aquino before the joint session of the National Diet of Japan on June 3, 2015

Honorable members of the Diet:

Allow me to begin by expressing my deepest condolences over the untimely demise of the former Speaker of the House of Representatives, the Honorable Nobutaka Machimura. On behalf of the Filipino people, I offer my profound sympathies to your honors, the National Diet of Japan, and the family of this esteemed and revered Statesman.

Your Honors, as I behold the beauty of Japan on my sixth visit as President of the Philippines, I cannot help but recall a story, which I feel encapsulates what I most admire about your culture.

Perhaps some of you may have heard of the Nurburgring, the famous racetrack in Germany. This is where the best drivers get behind the wheel of the fastest, most modern cars in existence, comparing lap times to see which cars are the best.

I am told of one comparison in particular. The Porsche 911 Turbo, a European-made car, was pitted against the Japanese Nissan GT-R, to find out which is the fastest production car in the market. One could say that you went to the home grounds of your competitor, with all of its built-in advantages for them, with the end goal of proving your excellence. And prove it you did, with various articles saying that your single-mindedness of approach succeeded in besting the lap time of your erstwhile competitor.

This came as a surprise to everyone, except perhaps for the Japanese. After all, you know of the hard work, creativity, and constant pursuit of excellence that define every Japanese product. It is no wonder, then, that for the latter half of the 20th century, companies from all over the world lined up to learn of the “Japanese method.” Many asked: What sort of processes allowed such quality and efficiency to blossom?

I respectfully submit, your honors, that the Japanese method is first and foremost not static. It is founded on the necessity for adaptation and innovation; it incorporates a thirst for knowledge and a passionate desire to achieve positive change. This constant polishing, this constant refinement, reflects your quest for perfection in everything that you do. This, in turn, has allowed your country to collectively overcome the challenges it has had to face in its history. Your kaizen philosophy of continuous improvement, which your country has been applying in production lines and supply chains, has been applied to the highest echelons of government.

Truth be told, this process has been a hallmark of the Japanese spirit for generations. We only need to look back to the opening of Japan during the 19th century, which ushered in the transformation of your society. Up until that time, Japan was way behind in terms of technology; I would say that you did not only start from zero, but from the negative, given the advancements that everyone else had access to at that point. As Japan pursued a collective national effort towards “Civilization and Enlightenment,” it was able to transform itself: Feudalism was shed, allowing for the formation of this very Diet; a once-cloistered nation began to welcome outside knowledge, and in fact sent its sons far and wide to acquire new insights; railroads, telegraph systems, and banks rose across your nation; backyard furnaces soon turned into state of the art factories, and within a few generations, Japan became among the most advanced nations of that age. Even after that, when new realities came about after the war, you again decided to change the status quo, directing your energies towards rebuilding, and thus becoming an economic powerhouse that has lent and continues to lend its support to so many nations.

Time and again, when confronted with extreme challenges to society, you have adapted; you met and overcame them to rise to even greater heights. The anxiety you have faced in recent years is another such challenge. I point this out, because in my own country, there is a saying: Those who fail to reflect on their roots or where they came from will not be able to achieve their goal. I submit, therefore, that your past is proof enough that you will once again meet current challenges, and in doing so achieve even greater things.

It is in this light that one can look to your culture of transformation and continuous improvement as a response to the unfortunate and complex economic realities that Japan, and in fact the rest of the world, have had to deal with in recent decades. I see the Japanese spirit embodied in Prime Minister Shinzo Abe‘s leadership, which has ushered structural and philosophical change in the bureaucracy, in the economy, and in society as a whole. I particularly admire Japan’s current thrust towards gender equality. This has not only made a significant contribution to our pursuit of a fairer, more inclusive world; it has, I believe, infused new vigor into your workforce. Prime Minister Abe’s efforts towards establishing a newfound sense of social mobility and meritocracy, along with his economic philosophy of prudence, initiative, and empowerment, is already bearing fruit, with the Japanese economy pulling out of recession in the last quarter of 2014.

The reforms you are implementing are bound to have even greater impact, given the proven ability of Japanese products to compete. I dream of a time when competition will allow us to fully flourish, rather than become a source of apprehension or something to be feared; a time when even more Japanese companies will establish a long-term presence in my country, as so many have already done. We are already seeing the dawn of an age when Japanese and Filipino business leaders, as well as our people, can innovate together knowing that such innovation brings a distinct advantage to the fair and open market. This can certainly be sustained and even accelerated; after all, in the Philippines, you will find a Filipino workforce that is even more skilled and creative, given our own transformation in recent years.

Your honors, the Philippines welcomes Japan’s ongoing revitalization, as a friend that recognizes that Japan’s economic fortunes are intimately tied to that of ours. Japan is the only country with whom we share a bilateral free trade agreement. You were our largest trading partner in 2014, with total trade amounting to 19.1 billion US dollars in 2014. The Philippines is now the fastest growing market for Japanese tourism among the ASEAN Member States, while Japan now ranks as my country’s third largest market for tourists. In light of the engagement between our economies, I am also encouraged by this honorable Diet according attention to legislation that would more effectively synergize Japan’s labor needs with my countrymen’s capabilities. Without doubt, our cooperation is mutually beneficial: I have been told, for example, that 70 percent of Japanese owned and controlled ships are manned by Filipinos; as our talent fuels your shipping industry, so too do our people get exposed to new technologies. The knowledge they bring home and share sustains the cycle of learning that further strengthens our maritime sector.

Your honors, it is a great cause for pride that Japan and the Philippines, through our economic and people-to-people engagement, provide a shining example of what can be achieved when peace and stability reign over our region. It is no wonder, then, that our two countries have become the most vocal defenders of that stability, which has recently come under threat. The prosperity of maritime and coastal East and Southeast Asia, which relies greatly on the free movement of goods and peoples, is at risk of being disrupted by attempts to redraw the geographic limits and entitlements outside those clearly bestowed by the law of nations.

The path that Japan will chart in addressing the common challenges that confront us is entirely for Japan to determine. But as we have come to realize, our domestic concerns are but weaves in the tapestry of an increasingly globalized world, and for this reason my nation is following with utmost interest and great respect this honorable Diet’s ongoing deliberations, particularly in view of Japan taking a more proactive stance in fulfilling its responsibilities to the international community for the maintenance of peace.

I see my people’s peaceful character reflected in the Japanese: We are both constantly willing to dialogue, bending over backwards to deescalate tensions despite repeatedly getting rebuffed, and still trying to resolve disagreements through peaceful means and internationally recognized norms. Perhaps I may share with you a question that I posed to a country that we both have had difficulties with: If all governments are there to serve the people from whom they derive their power, is it not incumbent upon all to maintain stability, which is a necessary prerequisite for prosperity? How does fomenting tension help us achieve the primary goal of bettering the lives of our people?

Your honors, Japan is one of only two countries with whom we currently have a Strategic Partnership, and we thus view our relationship as being at the forefront of ensuring freedom in our regional commons. Ours is a partnership that can only grow stronger, because it is based not on mere practicality, but on shared values and mutual respect among equals. For both our nations, we know that harmony is a collective achievement, and not one that can be dictated through coercion. We steadfastly uphold that military might can never be the arbiter for the resolution of disagreements.

For over two generations, Japan’s commitment to peace has been beyond question. So has its commitment to lifting up its friends and creating a more equitably progressive world order. The War was devastating for all of us; there was bitterness on all sides for the suffering that occurred. However, from its ashes, the relationship between our peoples was reborn like a phoenix. I look back upon this achievement of the past two generations with awe. For your part, you have gone beyond fulfilling the obligation to heal the wounds of the past, and acted with truly altruistic intentions; you rebuilt not only yourselves, but those of us who would have been left further behind had it not been for your unselfishness. Despite times of uneven governance in my country when you had to deal with less than desirable individuals, you kept on giving. Your contributions to our development have not only been large; they have been consistent throughout the years: Among countries, Japan is the Philippines’ biggest source of official development assistance. In times of calamity, we have been there for each other, with support coming in an almost automatic manner when disasters hit. There is no better illustration of this spirit than in the aftermath of Typhoon Haiyan, when the Japanese vessel Ise approached Leyte Gulf. The battleship Ise once journeyed to our waters to participate in the largest naval battle of the modern era; this time, a ship bearing the same name brought relief, compassion, and solidarity to a people devastated by natural disaster. Whether in Leyte, or in Ishinomaki, which I visited on behalf of my people to extend our own modest expression of solidarity after the great earthquake and tsunami of 2011, one can see how tragedy brings to fore the common humanity that binds us all.

Allow me also to underscore my deep appreciation for Japan’s long-standing and critical support for the peace process in our island of Mindanao. In August of 2011, without hesitation and upon short notice, you provided an environment that engendered trust and candor, allowing me to personally hear the concerns of leaders from our Muslim minority. This proved to be a powerful catalyst for the negotiations, and through the various roles you played in the peace process and your assistance to grassroots development, we were able to conclude a comprehensive agreement in March of 2014. An organic law is now being deliberated upon in our congress; once passed, this would bring forth a fair and genuine autonomy for the Bangsamoro.

For your support in igniting and sustaining Philippine economic growth, bringing us closer to our goal of an equitable and inclusive society; in helping us recover from disaster and increasing our resilience to vulnerabilities; and in promoting peace and stability in our conflict areas, on behalf of my people, let me say now: Domo arigato gozaimasu.

Your honors, like the Japanese people, we Filipinos place great value in long-term friendships. Indeed, our relations have been described as “a friendship of two suns.” I am confident that, as we deepen our engagement, our combined light will shine even more brightly upon our peoples and our region.

Allow me to close with a personal recollection. In 1986, I accompanied my mother on her own visit to this very beautiful country. She said back then: “Both of us…look to a future together with hope and expectation. There is a lot we can do together.” I reiterate that optimism today. Truly, there is much to look forward to, as our continued positive engagement provides anchorage for stability, prosperity, and inclusiveness in the region. I look forward to the fruition of a relationship that is now at the threshold of reaching even greater heights.

Please accept my heartfelt wishes for the good health and success of each and every member of the House of Councillors and the House of Representatives.

Thank you, and good afternoon.



Posted on June 3, 2015
http://www.gov.ph/2015/06/03/speech-of-president-aquino-before-the-joint-session-of-the-national-diet-of-japan/



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